Page 513 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼柴崎さんちょっとえらい 佐藤 04/4/14(水) 12:24 ┗Re:柴崎さんちょっとえらい KOBA 04/4/14(水) 20:45 ┣Re:柴崎さんちょっとえらい 通行人 Z 04/4/14(水) 22:46 ┃ ┗Re:柴崎さんちょっとえらい mebius 04/4/15(木) 23:29 ┗Re:柴崎さんちょっとえらい prof.kumakuma 04/4/16(金) 5:35 ┗Re:柴崎さんちょっとえらい KOBA 04/4/16(金) 14:51 ┣Re:採譜(横レス) 初心A 04/4/16(金) 20:03 ┃ ┗Re:採譜(横レス) KOBA 04/4/16(金) 20:52 ┃ ┗Re:採譜(横レス) 初心A 04/4/17(土) 7:45 ┗Re:柴崎さんちょっとえらい prof.kumakuma 04/4/17(土) 20:52 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 柴崎さんちょっとえらい ■名前 : 佐藤 ■日付 : 04/4/14(水) 12:24 -------------------------------------------------------------------------
| MJ5月号に柴崎さんがCCCDの問題点を記事にしている。内容的には新しい物はないが、とりあえずちゃんと記事にしたという事でちょっとえらいと思う。この調子で、CCCD追放キャンペーンに発展したらいいんだけどなあ。どこかの新聞にもCCCDでピックアップ壊れるって記事出てたよね。 まあ、遅すぎるんだけどね。 ほかには新製品紹介以外読む記事はないと思う・・・ユニットの最適位置って・・・今頃やっているんだ・・まあ、懐古趣味の人にはちょうど良い雑誌かな。 そうそう、フィリップス、単なる輸入盤に二三枚のぺらつけただけでえらく値段が高いんじゃないかい。それに、どうせ出すなら一緒に出せって。おこるでしかし。 訳のわからない雑談で失礼しました。 |
| ▼佐藤さん: >MJ5月号に柴崎さんがCCCDの問題点を記事にしている。内容的には新しい物はないが、とりあえずちゃんと記事にしたという事でちょっとえらいと思う。この調子で、CCCD追放キャンペーンに発展したらいいんだけどなあ。どこかの新聞にもCCCDでピックアップ壊れるって記事出てたよね。 > >まあ、遅すぎるんだけどね。 話しが逸れますけど、CCCDもコピー→ソフトの売り上げ減少の防止です よね。 私は作品そのものが飽和状態になっていることが大きいのではないかと。 もうメロディの組み合わせはほぼ出尽くしたらしいのですね。リズムに ついては言うまでもありませんよね。 クラシックは今でも中心となって演奏されるのは、100年前の 作品を多少編曲しての繰り返しです。 JAZZは数日前に何十回と聴いているチャーリーパーカーをあ らためて聴けば、今のプレイヤーに格別のオリジナリティ、新鮮 味は感じません。JAZZライブハウスがどんどん消えていると いうのも無理はないのでしょう。 だいたいJAZZをアメリカのバークリー音楽大学で楽理として 4年間で音楽理論として習うというのはおそらくチャーリーパーカーや バドパウエルが見れば驚くでしょう。 半分は薬の力もあった幻覚も伴ったようなアドリブを今のクリーン なプレイヤーに求めるのも無理がありましょう。 ライブホールで酒を呑んだり、タバコをふかしたりして聴くのではなく ホールでじっと座ってJAZZを聴いているのも何ともです。 バップJAZZ誕生の過程からしても。 ロックも出尽くして小学校の教材にもなる、もはやクラシックに分類できる ようなものになってきました。J−POPにしてもミスチルを聴いたとき 反射的にエルビスコステロを思い出し、パフィーを聴けばTHE WHO を思い出しといった具合で枯渇振りがまざまざです。 CM音楽を思い出してみてください。大半は60年代、70年代の洋楽 です。 演歌についてもさてルックスは別にしてどれほどの歌手が誕生しているか? CCCDにしようがSACDにしようが、これから音楽全体がますます 発展、売り上げ増大というのはありえないように思われます。 横道失礼しました。 |
| ▼KOBAさん: >話しが逸れますけど、CCCDもコピー→ソフトの売り上げ減少の防止です >よね。 >私は作品そのものが飽和状態になっていることが大きいのではないかと。 >もうメロディの組み合わせはほぼ出尽くしたらしいのですね。リズムに >ついては言うまでもありませんよね。 >クラシックは今でも中心となって演奏されるのは、100年前の >作品を多少編曲しての繰り返しです。 >JAZZは数日前に何十回と聴いているチャーリーパーカーをあ >らためて聴けば、今のプレイヤーに格別のオリジナリティ、新鮮 >味は感じません。JAZZライブハウスがどんどん消えていると >いうのも無理はないのでしょう。 >だいたいJAZZをアメリカのバークリー音楽大学で楽理として >4年間で音楽理論として習うというのはおそらくチャーリーパーカーや >バドパウエルが見れば驚くでしょう。 >半分は薬の力もあった幻覚も伴ったようなアドリブを今のクリーン >なプレイヤーに求めるのも無理がありましょう。 >ライブホールで酒を呑んだり、タバコをふかしたりして聴くのではなく >ホールでじっと座ってJAZZを聴いているのも何ともです。 >バップJAZZ誕生の過程からしても。 >ロックも出尽くして小学校の教材にもなる、もはやクラシックに分類できる >ようなものになってきました。J−POPにしてもミスチルを聴いたとき >反射的にエルビスコステロを思い出し、パフィーを聴けばTHE WHO >を思い出しといった具合で枯渇振りがまざまざです。 >CM音楽を思い出してみてください。大半は60年代、70年代の洋楽 >です。 > >演歌についてもさてルックスは別にしてどれほどの歌手が誕生しているか? > >CCCDにしようがSACDにしようが、これから音楽全体がますます >発展、売り上げ増大というのはありえないように思われます。 >横道失礼しました。 道草レスを・・・ パッケージメディアの有難さは、薄れて行く方向なのかもしれません。 ソフトのオリジナルを所有することの意義がないのか・・・? 「音楽を聴く行為」 20〜30年昔であれば、大掛かりなステレオ装置が必ず必要でした。 ポータブル機器の繁栄とともに、 ここ最近のパソコンなどによるマルチメディア化に伴う、 MD、DCC、はおろかMP3、MPEGなどの非可逆圧縮の台頭。 圧縮そのものを否定するつもりはありませんが、 オリジナルの尊厳とはいかに? SACD、DVD-AUDIOなどの高音質規格はどうか? そこら中で見かけるヘッドフォンステレオを聴きながら歩く若者。 音楽を聴く行為そのもは、 ・誰にでも、 ・気軽に、(安価に) ・場所を選ばず、 ・どんな音楽でも(マルチメディア) 自由に楽しむことが可能になりました。 食文化などと同じように、 使い捨て感覚になってしまっているのではないでしょうか? |
| ▼通行人 Zさん: >SACD、DVD-AUDIOなどの高音質規格はどうか? >そこら中で見かけるヘッドフォンステレオを聴きながら歩く若者。 > そうですね。 私も、SACDやDVD-Aの将来に関しては、不安を感じます。 実際、会社の同僚にSACDって知ってる?って聞いたら 知らないと言われました^^; 確かに音が良いのはわかりますが、現時点では一般の方が 使用されるようなミニコン、ポータブルCDP、カーステ辺り ではその違いを感じにくいですしねぇ。 聞く所によると、ポータブル機器では、CDPよりMP3PやMDPの方が 売れてるとか・・・ 20年前アナログレコードからCDにすんなり移行できたのは 音質だけでなくて、コンパクトさや、メンテナンスの手軽さ が売れた要因だったのでしょう。 で、今回のSACDとDVDAは、音質とマルチCHを楽しめる以外 メリットが無いし、メーカー間で規格戦争やってるし・・・ このままCDの時代が続くのかと思いきやCCCDなる変なもんが 出てくるし・・・オーディオファンとしては、将来どうなる んだろうと思ってしまいます。 |
| ▼KOBAさん: >私は作品そのものが飽和状態になっていることが大きいのではないかと。 それは多いにあると思います。CDの手軽さは飽和状態を加速したのでは ないかな。特にジャズの方が飽和状態ではありませんか? インプロビゼーションをくり返し聞くというのは、本来してはならない行為 と思うのですね。キースジャレットのケルンコンサートは楽譜になって 売られてますが、あれもとんでもない過ち。 (楽譜にしたのは日本人の音大生で、キースは最初は渋っていたかもしれないが 彼の許可が出ているはずです。) と言いながら楽譜持ってます。 >クラシックは今でも中心となって演奏されるのは、100年前の >作品を多少編曲しての繰り返しです。 厳格にはこれはちょっと違います。例えばプッチーニで一番有名なオペラ 「蝶々婦人」の初演はちょうど100年前、最後のオペラの 「トゥーランドット」は1926年に初演と意外に最近ですね。 ドビュッシー、ラベル、バルトーク、ストラビンスキーは100年以内に 初演された作品が多いし、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」は 録音も多いく都内でなら日本のオケは定期的に取り上げてますが 初演から60年くらいです。 ベルリンフィルの定期演奏会のプログラムを見ると意外にベートーベン やブルックナーは少なくて初演から100年以内の作品が 主流ですね。(ゥィーンフィルはより保守的) 今の音楽監督のラトルの意向が反映されているのでしょう。 またBBCみたいに新しい作品、聴衆を作ることを積極的にしている 放送局もあります。 >JAZZは数日前に何十回と聴いているチャーリーパーカーをあ >らためて聴けば、今のプレイヤーに格別のオリジナリティ、新鮮 >味は感じません。JAZZライブハウスがどんどん消えていると >いうのも無理はないのでしょう。 >だいたいJAZZをアメリカのバークリー音楽大学で楽理として >4年間で音楽理論として習うというのはおそらくチャーリーパーカーや >バドパウエルが見れば驚くでしょう。 何年か前NHKの番組で山下洋輔がジャズ講座をしていて、彼は初心者に たいしてきちんと理論を勉強するように言ってますね。 JAZZも伝統が出来てしまった現代において、初心者が自己流でアドリブ しているつもりでも、結局、過去の巨人の物まねで終わってしまうという 主旨のようです。 最近ナクソス(クラシックのレーベルの方)でDave Brubeckの ピアノ曲集が出ていて、彼は最初クラシックから出発していますが、 音楽のオリジンが見えて面白いですよ。 >CCCDにしようがSACDにしようが、これから音楽全体がますます >発展、売り上げ増大というのはありえないように思われます。 クラシックでは、LP、CDと新しいメディアが登場すると、そのフォーマット の特徴を利用した新しい録音が出て消費者は購入の意欲をそそられた分けです。 LPだと20分くらいの協奏曲なら片面で入るし、75分切れ目なく音楽を きけるCDは1時間以上続くのオーケストラ作品を聞く上ではメリットが大きい。 多くの人が主張していますが、マーラーのような大編成で複雑なオーケスト レーションの作品だと、実演では、楽譜には綿密に書かれていてもホールの 残響にかき消されて細部が聞こえないことが多いです。 それほど高価でなくとも、まともなオーディオシステムで再生すれば CDだと明瞭に聞こえます。 古楽器のように、もともと凄く小さな音しか出せない場合、ホールで 聞くよりCDで聞いた方が正しいバランスで音楽を聞くことができます。 音楽的な見地からもCDは、誕生時に新しい存在価値を持っていた はず。 ところが、普通のクラシック好きにとってCCCDもSACDも 今のところ何もメリットがないのです。 |
| ▼prof.kumakumaさん: >インプロビゼーションをくり返し聞くというのは、本来してはならない行為 >と思うのですね。キースジャレットのケルンコンサートは楽譜になって >売られてますが、あれもとんでもない過ち。 山下洋輔はご承知のとおり国立音楽大学卒だったと思います。おそらく 中学高校大学とクラシックの基礎、演奏は経験済みだと思います。 やっておられるのはフリーJAZZですね。演奏は好みではありません。 JAZZアドリブの採譜は珍しくも何でもありません。 チャリーパーカーのアドリブは全て楽譜になって手に入れることができ ます。 合わせて、ハイテクニックを持ったクラシック演奏家がその楽譜通りに 吹いたCDもあります。CS−PCMのJAZZチャンネルでパーカー 特集で流されていました。 そんなことを知らなくて聴いても、それが即興か譜読みで吹いているのか わかるのが面白いです。 年代解説ありがとうございました。 そのとおりであっても、やはり大半は同じ作品の演奏がこれまた繰り 返されているわけです。 別の流派?で武満徹という偉大な作曲家が現れましたけど、この方向 の現代音楽が興隆しているわけでもないようですね。 フリーJAZZにしてもしかりですよね。 クラシックもJAZZもロックも人が変わればいくらかは演奏も変わ ります。クラシックは指揮者、JAZZ・ロックは文字通りプレイヤー ただもはやロマン派だの、バップ、モード、フリーといったはっとする ようなものはもはや生まれにくいのでしょう。 JAZZでもモードからの別れで一方はフリーに他方はマイルスデイビス の革新的作品ビッチェズブリューを根流とするJAZZROCK (FUSION)としてマイルスの弟子のウェインショーターらによる ウェザーリポートでさらに開花しましたが、それに匹敵する新しい流れは もはやないようです。 今の動きはさしずめ「仏(CCCD、DVD−A,SACD)作って 魂入れず」のようなものにも見えなくもありません。 若者は携帯やPCからの(有料)ダウンロードで音楽を楽しんでいるよう です。 誤解を恐れず申し上げれば、これからの音楽の楽しみはまさに過去の 文化遺産を聴くことに他ならないのかもしれないと思っています。 同時代性のある流行歌というものも大変少なくなった気がしませんか? 演歌についても、美空ひばりクラスの歌い手の出現は現在の歌手には ほとんど求められないようです。 女性演歌歌手も今はルックス込みなんでしょう。 ps 指揮者アンドレ プレヴィンのJAZZ演奏が好きなのですが、最近は JAZZはやっていないようですね。 それと実際のホールでは細かな演奏が聴き取れないは以前にも 書きましたとおりです。そんなわけでクラシックもJAZZも 前5列以内のかぶりつきに近いところで聴くことが大半です(笑)。 名器の細かな音色もわかって、自分のオーディオのヴォイシングに 役立つこともしばしばです。 半分以上は美人バイオリニストを近くで見たいという不純な動機も 大きいですけど。 |
| ▼KOBAさん: ▼prof.kumakumaさん: こんばんは。 >>インプロビゼーションをくり返し聞くというのは、本来してはならない行為 >>と思うのですね。キースジャレットのケルンコンサートは楽譜になって >>売られてますが、あれもとんでもない過ち。 >> >JAZZアドリブの採譜は珍しくも何でもありません。 >チャリーパーカーのアドリブは全て楽譜になって手に入れることができ >ます。 ギターをやっていた悪友に何十年もだまされていました。 「ジャズのアドリブの採譜は難しい・・」 「ベンチャーズは採譜できても、ウェス・モンゴメリーは無理」と言っていたような。 プロの卵(音大生)でもキースの演奏を採譜してしまうのですね。 その採譜した楽譜は売れるのでしょうか?プロは買わないでしょうから アマのピアニストですよね。旨く弾けるのかしら。 (私は子供のバイエルを少々・・・(-_-;) |
| ▼初心Aさん: > プロの卵(音大生)でもキースの演奏を採譜してしまうのですね。 >その採譜した楽譜は売れるのでしょうか?プロは買わないでしょうから >アマのピアニストですよね。旨く弾けるのかしら。 バークリー音楽院の学生などが手に入れるのではないでしょうか? 授業もチャリーパーカーに見るコード進行とアドリブのテーマなど で採譜された楽譜を見ながら講義でもされているのでしょう。 採譜者に一番難しいのが雅楽をはじめとする邦楽だそうです。 西洋和音の音階思想はなく、西洋でいう不協和音も多用しているようで。 ドレミ+♯も♭もない音階が多数なんだそうです。 こういった西洋音楽からの見方を私がすること自体、戦後のGHQ指導 の西洋音楽しか教育されてこなかったための発想なのでしょう。 宮内庁楽団も戦前は50名もいたのに、戦後はマッカーサー以下 の力で減らされ25名ほどになったと聞いています。 多少邦楽を教えましょうと最近なりましたが、音楽の先生自体が 戸惑っているようです。 |
| ▼KOBAさん: お早うございます。 また、また、愚問に回答いただき有り難うございます。 ジャズアドリブとはいわず、音楽の採譜は私から見れば神業です。 ワン・フィンガのピアノであれば、・・出来る人がおられても 不思議とは思いませんが、ジャズ特有な和音の重なりが良く 分かるものです。 前回話に出したギターマンは今は生産技術の部長さんですが、 「峰こうすけとジョイントした」と自慢していましたので まだバンド演奏を楽しんでいるようです。 今度会ったら、「ウェスやケニー・バレルの採譜が出来ないのは 君のスキル不足」と言ってやります。 雅楽の話は興味深く読みました。・・・・では。 |
| KOBAさん、こんばんは。 音楽・映画のところに補足を書き込みます。 |