- April 26, 2005 8:53 PM
- ネット
「終戦のローレライ」が、どうしても読めないを読んだのをきっかけに、ゾゾコラムをさかのぼって読んでみた。
読んでいると感じる、この高揚する感覚はなんだろうか。ジョジョの奇妙な冒険第3部でディオが自分の頭に指をザクザク抜き差ししながら言った、『最高に「ハイ!」ってやつだアアア』の心境がすごく近い気がする。
読めば読むほど頭の中で考えが膨らんでいくというこの快感は、最近まったく味わえていなかったものだ。たとえば、「万博を知らない僕らの「マンガロン」」を読んで常々考えていたことを改めて考えた。
俺は74年生まれなんだけど、この年代はアニメ、特撮、漫画、ファミコン、コンピュータ、インターネットなど、さまざまなものの立ち上がりとその隆盛を体験している。しかも、いずれもその年齢に適した見事なタイミングだ。
まずはアニメ。巨大ロボットデータベースを見ると、72年にマジンガーZが生まれ、74年にはゲッターロボ、77年にはタイムボカンと俺が愛する超電磁マシーンボルテスVが生まれている。実質的にそれらを見る4歳以降になると、新たに制作されるアニメに加え、今でも人気のあるそれらのアニメが、まだまだ鮮度を失っていない状態で数多く再放送されていた。ちなみに、世界名作劇場も74年に始まった。また、ヒーローのあしあとを見れば、実写物では75年にゴレンジャーが、71年から仮面ライダーが、ちょっと古くなるけど66年からウルトラマンが始まっている。俺が生まれた74年の前後4年に制作されたアニメや実写の輝きは今でも衰えていない。
また、漫画では晩年の手塚治虫で幼少期をすごし、藤子不二雄の全盛期(ちょっと後ろ過ぎ?)で少年時代をすごし、ドラゴンボールやキャプテン翼、聖闘士星矢などが連載されていたジャンプ黄金期を体験している。
ファミコンが出てきたのは小学4年生くらいだ。ファミコンからスーパーファミコン、プレイステーションへと、より高度になっていくテレビゲームの移行を体験した。俺自身は体験してないけど、世代的にはアーケードゲームの立ち上がりも体験しているんじゃないだろうか。
それからパソコンも本当にいいタイミングだった。小学生の頃は友達の家でMSXを体験し、高校生でPC-8801系を買ってベーシックに触れ、大学生の頃には98互換機が安くなり、DOSに慣れたころにWindows 95が出てくれた。抽象度が低くてコンピュータのしくみがむき出しだったDOS時代を体験できたことは本当に大きかった。あのころは、DOSの設定を変えること自体が楽しかったりした(たとえばメインメモリをいかに空けるかとか)。DOS時代に基本構造を理解できたからWindowsも難なく使えるんだと思う。
そしてインターネット。初めて自分でURLを打ったサイトはエプソンのページだった。パソコン通信を体験したことが無かった俺は、郵送以外の手段でプリンタのドライバを入手できることに心の底から感動した。大学4年になるとテレホーダイが登場して、深夜に限って電話代を気にせず使えるようになり、このページを作り始めた。このころはみんながテキストエディタでHTMLタグを打っていた。インターネットそのものは、今では空気みたいな存在になってしまったけど、今度はその上で提供されるサービスが夢中にさせてくれる。ブログが登場してから、ニュースサイト、あるいは資料サイト以外のページを見ることがあきらかに増えた。インターネットの革新はいまだに続いている。
マンガの例は苦しかったかもしれないけど、新しいものが生まれて成長していく、情熱と誇りを持ったエネルギーを感じながら育ってきたのが俺らの年代だと思う。受身すぎるかもしれないけど、すげえ幸せな年代だ。
とまあ、こういうことを改めて考えさせてくれる力がゾゾコラムにはある。実は、「すきなもの」を書いたあと「俺にとっての漫画やら小説っていうのは、単にキャラクターや舞台に同調するだけのものだったんじゃないだろうか」というのを真剣に考え込んでしまった。愛が無いから飽きっぽかったり、読んだ感想とかを書いてもパッとしないものになったりするんじゃないだろうかと。こういうところを気づかされるってのは怖い。けど、それが面白かったりもする。長々と書いてしまったけど、とにかく「こういうページがあるというのは幸せなことだ」と言いたかった。そんだけ。
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