- March 14, 2005 5:21 PM
- ネット
極論なんですが、電波もネットも単に伝送路であって映像や音声はどっちでも流せるんですよね。今のところ、テレビは電源入れてチャンネル選ぶだけで見れるというアドバンテージがありますが、CSのような多チャンネル放送がある今ならインターフェースの違いでしかないわけですし。
災害時でも、地元が欲した情報を提供できたのは地元のケーブルテレビだったりするわけで、じゃあなんでテレビやラジオが貴重な資源である電波を割り当てられてのんきにしていられるのか、というのは率直に言って不思議に思えます。タイムシフトは何十年も前からの概念なのにいまだに権利処理がろくにできずにクロスプラットフォーム展開に手間取り、ライブドアにネットを活用していないと指摘されればすでにやっていると答える。「公共性」を強調してるのに、自社に不利な情報は流さない。政教分離じゃないですが、プラットフォームとコンテンツの分離を打ち出してもいいんじゃないの?と思うのは私だけでしょうか。
また、あるドラマが面白いという情報を得ても、すでに第1話をみる手段は存在しない。こういう不便さを解決することができないのは怠慢といわずしてなんと表現すべきなんでしょうね。手をこまねいていると、ファイル交換ソフトがもっと身近な存在になって「映像は無料」なんて認識が一般化してしまい、コンテンツの料金に対する低価格化圧力と、摘発と訴訟でしか対処できないコピー問題がはびこるような気がするのですが。それにしても、見逃したテレビ番組を手に入れる現実的な手段がファイル共有ソフトにしかないってのはすでに危険な状態だと思うのですが、ホント、どう考えてるんだろ。
まあなんにしても、一斉配信に向いている電波での配信と、小回りの利くネットでの配信という根本的な部分から検証して、今後のテレビやラジオについて考えてみて欲しいなと思います。コストや売り上げを度外視してそれぞれの長所・短所を検証してみることにもそれなりの意味はあると思うんですよ。今すぐには役立ちませんが。
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